FILE:03 SCENE

〜月の章〜

雪月花

呪い



触れるには遠すぎる 第二の月は 今宵も変わらずそこに在って

足元に咲いた赤い華を 僕は構わず踏み潰した。


大嫌いな赤。けれど足の下で無残に潰れた瞬間に感じる 愛おしいと思う気持ちは
僕がまだ、あの男を憎みきれていないことの、何よりの証拠だった。

きっと 憎悪より悲しみの愛情が増すのは あいつがこの華と同じ運命を辿った時で。
次に自分に憐みの手を差し伸べたその時に 絶対に殺してやろうと心に決めていた。


僕を不幸にしたのは 紛れもなくお前の存在なんだ。



ずっと欲しかった この世界の神(つき)の欠片。
ただひとりの守人にのみ受け継がれる、"第二の月"という役割。


裏月の神(アキ)とひとつになれるのなら 僕は喜んで憑代になったのに。


そうして朽ち果てるまで 永い時を過ごせるのなら
月の都の犠牲になろうとも それで良かったんだ。




「それでも、君は美しいんだ。 例え今の体が 秋の媒体であっても」




会える、ということも 考え方を変えれば幸せなことなのかもしれない。

同じ体ではないから 僕らは戦うことも、愛し合うこともできるだろう。


と…そうでも考えていなければ、僕は僕を保てなくなる。

血の戒めに囚われて アキへの想いを忘れるなんて そんなことは御免だ。



淡く 光る大地。 咲き誇る天涯花の間を進んでいき
ひらひらと寄ってきた黒い蝶に、僕は小さな呪いをかける。




「…"甘い蜜を吸った瞬間に お前は花と同化するんだ"」


自由なんていらない 

欲しいのは 幸福で安らかな 永遠の戒め。


こんな無理やりな血の戒めとは違う。


自ら進んで、アキと共に縛られるのなら

この世界の理も変えて アキと共に 月の一部に還れたら―――




「ほら、小さな命なら、簡単なことなのに…」




鮮やかに 赤く 絡む花弁に

蝶のような 黒い染みが残る


この花畑を すべて蝶の墓にして

君に見せたら どんな顔をするかな?



笑っていてくれ、なんて言わない。

もっと僕を憎んで。僕だけを見ていて。




「"強く想う"―――心に、愛も憎悪もあるのかな」




少なくとも、僕にとっては同じなんだ。

他の男に憑依した 愛しくも憎らしい裏の月の女神よ。


終り
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