FILE:03 SCENE

Devilish heart



ガタン、と 傍に置いてあった棚が揺れた。

数秒送れて、自分の肘がぶつかって音が鳴ったのだということに気付く。
けれど鈍い痛みを感じる暇も無く 痛覚が麻痺したように体は別の感覚に支配されていた。

ぶつけた場所を庇うように触れてきた相手の腕に、こんな時でも大事にされているのだと感じてしまう。

今もまた、狂おしい程の深い口付けを交わし続けているのに
余裕が無いのは自分ばかりに思えて。それでも体は言う事を聞いてくれなかった。

震える足に、蕩けそうに絡まってくる相手の舌の影響で腰が抜けそうになる。

実際体の内に宿る力を吸収されているのだから、それも当然のことなのだが
それ以上に何か―――心が苦しくなる程に、相手の感情が伝わってくるからなのかもしれなかった。


「…はぁ…っ、アクル…?」


ようやく解放された唇に、吐息のような弱々しい言葉を零すと
熱いものを湛えた血色の瞳が一瞬視界に映って、心臓が強く鼓動した。

まだ感触が残っている濡れた唇を、なぞる様に指で拭われ
それなのに再び齎されたのは、先程よりも尚自分を求めるような口付けだった。

相手の動作の意味も分からぬまま、しがみ付く腕に力を込める。
棚から庇われ、壁と相手の体の間に挟まれた状態では、逃げることも許されなかった。



「―――…"禁断症状"?」



蕩けた意識化の中、次に聞こえてきたのはそんな声で。
混ざり合った唾液で濡れた相手の唇は、いつの間にか私の耳元に寄せられていた。

冷静さの裏に潜む熱のように 腰に響きそうな悪魔の声が心地良い。



「自分ばっかそんなこと言うのは、ずるいんじゃないか?」

「だって、本当のこと―――っんん…///」



誘うように首筋を舐め上げられ、久々の感覚に鳥肌が立つ。

離れていた間の寂しさや虚無感。そんなものを表すように、出会った途端唇を奪われ
場所を変えることすらもままならぬうちに、気付けばお互いの温もりを求める段階に移っていた。



「俺がどれだけアオに会いたかったと思う。」

「…私の方が上かもしれないのに…。」

「なら、そんなこと言えない位刻んでやるよ。こっちはお前に全身全霊で伝えることも出来る。」



別にそんなことで張り合わなくても良いと思うのだが
これはたぶん、もっと深い所に意味のある言葉の交わし合いで。

自分の方が優勢だと。決定的な力の差を当然とばかりに言われ
言い返そうにも、こちらにはそれだけの意思表示が出来る方法は見つからなかった。

こんな時はいつも、どれだけの愛情を伝えようとしても 相手に翻弄されるだけで精一杯なのだ。



「―――もう逃がさない。二度と俺から離れられないような体にしてやるからな…。」



乱暴な言葉とは裏腹に、アクルクスの声からは優しさや愛しさ…
そんな大切なものがすべて含まれているように伝わってきた。



実際、相手の体が自分に齎してくる熱は 狂おしくも甘い。



まるで窒息しそうになる位の愛を受けて、今夜も私は眠りにつくのだろう。

離れていた時の分まで、お互いを求め合いながら。

end

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